BREED 和牛巡礼vol.1 「牧場 クレセンド」
普段ひたすら『肉』を追い求めている所長とCBOであるが、『肉』をもっと知るためにはその本源である『生産者』、そして『牛』をもっと知る必要がある。
いや、知りたいのだ。
ということで今回は、横浜市の港北ニュータウンにある焼肉店「炭焼喰人」の山本さんにご紹介いただき、神奈川県の伊勢原市にある牧場「クレセンド」を訪ねた。
小田急線の急行で新宿駅から1時間程度で行ける神奈川県の伊勢原駅。その駅からほど近い場所に今回訪れた牧場”クレセンド”はある。駅周辺は住宅街でそれなりに栄えているのだが、ちょっと行くと突然牧場が登場。そのギャップに少々驚かされる。
生産者である渡辺さんは、脱サラして就農した方だ。持ち前の探究心と強いこだわりで、全国の生産農家を回り、肥育技術はもちろん牛の目利き、血統、歴史まで、牛にかかわるあらゆる要素を突き詰めようとしている。クレセンドでは繁殖・肥育一貫というスタイルをとっていて、これは素牛を購入して自分の牧場へ移動してくることが牛へのストレスとなり、導入時の食欲が落ちることを避ける意図がある。また、生まれた子牛は通常より長く6ヶ月程度母牛と一緒に育てることで、免疫力の向上やストレスの軽減、さらに病気時の投薬の軽減にも繋がる。また、但馬系からの血統への研究に努めており、血統には並々ならぬこだわりが感じられ、自ら受精を行っている。血統管理の命ともいうべき冷凍ストローを見せてもらったが、ストローに詰まったお宝は大事に管理されている。
三元豚という言葉は一般的だろうが、牛も同じように3世代の血統を組み合わせて理想とする子牛の誕生を狙う。例えば、3世代前には増体系、1世代前には肉質系の血統といったように組み合わせを研究している。もちろん、これら以外にも飼料、サシを入れる為のビタミン欠乏を行わない等、色々なこだわりを持っている。ストレスと感じていないからであろうか、牛達は部外者が近づいても怯える様子もなく、むしろ寄ってきてくれる。
色々なお話をうかがった中で最も印象的だったのは理想と現実のギャップについて。市場で高値取引されるのは、未だサシの量が多く、重量の重い牛という現実。しかしビタミンを制限することによって作られた過剰なサシや脂の質を無視した肥育、そして重量が重くなればなるほど粗くなる肉の肌理。これらは美味しさを追求するためとは言い難い。しかし渡辺さんが理想とする、小振りで赤身の味が濃く、脂の甘みがある牛は、手間も経費もかかるため商売として考えると決して儲からない。渡辺さんもかつては市場で高値が付くような牛を出荷していた時期があったそうだが、自分の肥育した牛を食べて「美味しくない」と感じ、それから味を追求した牛の肥育に没頭した。出荷した牛のお肉を出来るだけ自分で食べ、常に研究・改善を繰り返し、現在のようなこだわり尽くされた肥育を行うようになったのだ。渡辺さんの牛は主に岐阜方面に出荷されているが、東京でも購入できる場所がある。銀座三越の「片葉三」という精肉店で、古代牛というブランド名で販売されている。値段は決して安いとは言えない。それでも特別な日にでも、血統から全てにこだわって肥育された牛をぜひ食べてみてもらいたい。
日本では高齢化や健康志向などの影響からか、昨今の赤身肉ブームにも表れているように、以前のような“霜降り信仰”は薄れつつある。一方で世界的な人口増加、燃料不足、穀物不足などのせいで肥育コストはウナギ上り状態だ。渡辺さんのように、美味しくて、しかも安心安全な牛肉を作ろうとしている生産者は全国に存在する。そのような生産者を支え、本当においしい牛肉をこれからも食べ続けるためにも、適正な金額を支払う消費者が必要だと改めて認識しつつ、山本さんと3人で厚木の焼肉店に向かった。
その後「炭焼喰人」で渡辺さんたちと合流し、渡辺さんの牛肉をいただいた。
いい一日だった。