COLUMN 「YAKINIQUESTの挑戦」

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「焼肉を世界のコトバに」

この壮大な野望を具現化するべく、2015年1月29日にシンガポールで焼肉店をスタートさせた「YAKINIQUEST」。

オーナーである石田傑氏に、食べる側から提供する側に立場を変えたこの1年間を振り返りつつ、現在の心境を所長がインタビューした。

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所長:

まずはこの一年を振り返って率直な一言をお聞かせください。

石田氏:

月並みですが、あっという間の一年でした。

2014年の12月9日にプレオープンし、2015年の1月29日にグランドオープンさせたのですが、とにかく毎日いろんなことが起こるんですよ。飲食店を経営していれば当たり前なのかもしれませんが、毎日同じことを繰り返しているだけなのに、まぁ何がしらトラブルが起こる起こる。海外だからということも関係しているかもしれませんが、次から次へとトラブルが発生し、その対処をしていたら1年経っていたというのが率直な感想ですね。

所長:

なるほど。ではそのトラブルの中でもこれは応えたという3大エピソードを教えてください。

石田氏:

一番大変だったのは開店にこぎ着けるまでですね。

今の店舗はいわゆる居抜きで買ったのですが、最初は売主さんから経営していた会社ごと買い取って欲しいという条件でした。その条件を呑む方向で交渉を開始したのですが、じゃあ会社の経営状況がわかる会計書類を出してくれと言っても全然出てこない。何度もリクエストしているうちに契約の期限が迫ってくると、今度は先方から会社は買い取らなくていいと突然条件変更され、それでもいいから不動産や設備に関する必要な情報を出してくれといってもなかなか出てこない。要するに自分たちに都合の悪い情報はなかなか開示してくれないんですよ。こちらも騙されまいと一生懸命交渉するのですが、そのやり取りが全て英語で、もちろん間に弁護士さんを挟んでいたのですが弁護士さんとのやり取りも英語。飲食店を開くのも初めてなのに、それが海外で、交渉相手が外国人でということでとにかく苦労しました。最終的に売買契約の期限を10月1日に設定していたのですが、書類が出てこないばかりか、店舗の中もなかなか見せてくれない。それはまぁタフな交渉相手でした。こちらもいつまでも交渉に時間を費やしているわけにもいかないのである程度妥協して契約したのですが、引き渡された店舗が案の定トラブルだらけ。いきなり冷蔵庫は故障するは、水漏れはするは、今でも厨房機器がどんどん壊れていきます。海外で契約するってこんなものなのかもしれませんが、とにかく開店にこぎ着けるまでが大変でした。

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所長:

2つ目は?

石田氏:

肉の変色との戦いです。

シンガポールはとにかく肉の変色スピードが早い。原因はまだ突き止めきれていないのですが、一つはこの国の気温、もう一つは肉の輸入経路に起因しているのではと考えています。肉は空輸で、もちろんコールドチェーンで持ってきているのですが、空港での保管状態、検疫時の環境などで肉に相当のストレスがかかっていることが想像されます。店に到着後ももちろん冷蔵保管しているのですが、日本での感覚よりも数倍変色の進みが早いです。焼肉というスタイルで肉を提供する以上、肉の見た目も非常に大事じゃないですか。だから変色した部分はどんどん削ってお客様に出しています。そのせいもあってメニューはコース中心になっています。コストにもダイレクトに跳ね返るのでいろいろと工夫を凝らしていますが、まだ有効な方法は見つかっていません。親しくさせていただいている日本の焼肉屋さんにも相談して、例えば変色を遅くするシートがあると教えてもらったらすぐにハンドキャリーで持ち込んだりして試したりしているんですけどね。

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所長:

削った肉はどうしているのですか。変色した直後だったら味には影響ないと思いますが。

石田氏:

カレーの原価率がどんどん上がっていきます(笑)。うちのカレーは相当高級なカレーですよ。

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所長:

確かに美味しかった記憶があります。

肉の変色に関しては、シンガポールの飲食店共通の悩みだと思いますが、他のお店はどうしているんですかね。

石田氏:

すぐに冷凍してしまっていると思います。冷凍保存して、スライサーで切っているのではないでしょうか。焼肉店も含めてその他の肉料理店も大抵そのようにしていると思います。スライサーを使うのは、肉を手切りできる職人がいないというせいもあるとは思いますが。ウチとしてはそこは譲れない部分なので可能な限り冷蔵保存で手切りに拘っていますが、変色問題の良い解決方法を早く見つけるのも経営課題の一つですね。

所長:

では3つ目はどうですか?

石田氏:

やはり人の問題ですね。シンガポールは従業員の確保が難しいんです。シンガポール人の雇用を優遇する法律があって、簡単に言うと例えばシンガポール人を二人雇っていないとマレーシア人を一人雇う枠がもらえないんです。シンガポールはご承知の通り金融で成した国なので、ホワイトカラーの人気が高く、ブルーカラーは人気がありません。特に飲食業は嫌われる傾向があるので求人してもなかなか応募がない。なので給料を上げないといけないんですが、それでもまぁ集まらない。やっと応募が来て面接の日程を決めても面接に来ない。やっと面接にこぎ着けて内定を出しても出勤予定日に来ない。出勤してきてもすぐに辞めてしまう。これの繰り返しです。

所長:

それは他のお店でも同じなんでしょう。

石田氏:

そうなんですが、例えばシンガポール人が経営しているお店だと、経営者や役員などもシンガポール人の雇用数にカウントできるので、安い給料で良く働いてくれるアジア人をいきなり雇ったりできるんです。ウチはもちろん経営者が日本人なのでそうはいかないんですよね。そんなこともあって従業員の引き抜きも日常茶飯事です。せっかく優秀なシンガポール人を雇えても、すぐに引き抜かれたりするんで…。

所長:

アルバイトは雇わないのですか。

石田氏:

こちらの大学生はそもそも裕福な家庭というのもあるのでしょうが、日本と違って学業最優先なので日常的にアルバイトをしないんです。やるとしても長期休み中とか、兵役に就く間でのわずかな期間しかやりません。つくづく日本人のアルバイトは優秀だなって感じますよ。時給1000円程度で一流大学の学生が雇えるんですから羨ましいです。

所長:

日本人を雇える人数もシンガポール人の雇用数をベースに計算されるのですか?

石田氏:

日本人は別ですね。日本人を雇うためには就労ビザを発行する必要がありますが、そのためには給料をかなり高額に設定する必要があるのでそこがネックです。結局根っこにシンガポール人の雇用をとことん守るという思想があるので、雇用問題は難しい。もちろん前々から知ってはいたのですが、やってみないとわからないことだらけですね。

所長:

ではこれまでいろいろご苦労話を聞かせてもらいましたが、逆にうれしかったことや感動したことは何ですか。

石田氏:

これも月並みですが、日々お客様が来店してくれて、美味しいと言ってくれるのが何よりも嬉しいし、感動しますね。それがあるから日々のトラブルも何とか乗り越えられる。初めてシンガポール人が来てくれて美味しいと言ってくれた時のことは今でも鮮明に覚えていますし、日本人の方でも、たまたま旅行でシンガポールに来て、フラっと立ち寄ってくれた方が気に入ってくださって翌日も来てくれたなんてこともありました。今日はお客様が来てくれないんじゃないかっていつもドキドキしていますよ。だから予約の電話を受けるのは大好きです(笑)。

あとあえて一つ感動したことを挙げるとすれば、グランドオープンの時に日本の焼肉屋さんからお花をいただけたことですね。それまで勝手に食べ歩いて、好きなように書いてきただけなのに、そんな自分がお店を出すことを応援してくれる焼肉屋さんがいるんだと思えたときは震えました。もちろん焼肉屋さん以外にもたくさんの方々が応援してくださっていることは、大変励みになります。

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所長:

それでは続いて2年目の展望について聞かせてください。

石田氏:

まずは今のお店を安定軌道に乗せること。これが早急な課題です。もちろん中長期的にはアジア全域、そして世界にという野望はありますが、そのためにもシンガポールでベースを作らなくてはと思っています。シンガポールで2店舗目を早く出したいです。そのためにはローカル顧客の比率を高める必要がありますね。現状では日本人が70%、30%がローカル及び外国人という感じですが、このローカル顧客比率を50%に引き上げることを当面の目標にしています。

所長:

そのための対策は?

石田氏:

広報活動ですね。前職が広告会社だったので、シンガポールに居る日本人には店の認知を広められる自信がありましたし、実際にある程度広められたのですが、そこからローカルになかなか波及しません。いろいろ方法を探ってみていますが、わかりやすく言うとこちらには食べログと東京カレンダーが無いんですよ。飲食に関するメディアが発達していません。なのでどこからクチコミの火を付ければ良いか悩んでいます。

所長:

印象としてはシンガポールはインターネットが普及していて、可処分所得も高いから食通も多いので、インターネットでグルメ情報が飛び交っているかと思っていましたが。

石田氏:

日本と違って国土も狭く、繁華街も限られているため飲食店の数がそもそも少ないのが影響しているかもしれません。そのためアナログのクチコミで充分なんでしょうね。お金持ちの間でクチコミが広まるようなお店はさらに限られるので、グルメ情報の収集にはネットが必要ないんでしょうね。

所長:

では少し話題を変えます。海外にお店を出すにあたり最初はニューヨークで検討されていたと記憶していますが、シンガポールに決めた理由や経緯などを少し聞かせてください。

石田氏:

もともと「YAKINIQUEST」を創めたのは日本の皆さんに焼肉の楽しさを伝えたいという想いが発端でした。

日本中の焼肉店を食べ歩いているうちに、「焼肉は日本が誇るべき食文化である」という想いが強くなり、世界に焼肉を広めたいと考えるようになりました。とはいえいきなりお店をやるつもりだったのではなく、例えば日本政府観光局の台湾向けサイトで焼肉の紹介記事を書かせて頂いたり、これは実現しませんでしたが飛行機の機内誌に焼肉の記事を書きたいという企画を出したりしていたんです。でも結局お店を出すのが焼肉の楽しさを伝えるには近道かなと思って海外出店を計画し始めました。どうせやるなら世界に一番影響力がある、トレンドを発信できる場所ということで最初はニューヨークを想定していました。もちろん何のコネもネットワークもなかったので、何人か出資を持ちかけたりしたのですがなかなか上手く運ばず、そうこうしているうちにリーマンショックが起きて一旦海外出店計画は立ち消えました。

でも自分の中では海外出店を諦めたわけではなくずっと温めていたのですが、ひょんなことからシンガポールで飲食店を経営している方と繋がりまして、その方にいろいろお話を聞いたり、自分でも現地調査したりしてシンガポールに決めたという経緯です。

シンガポールは海外からの資金流入を国が積極的に推し進めているので、外国人でも現地法人が作りやすく、和牛を輸入できて、しかも国民所得が高く外食に1~2万円くらい出費する習慣もあると言うのが決め手でした。あとは今後の海外展開の際に、ショーケースとなるような、他の国にも影響力がある国の一つがシンガポールかなと思っています。

所長:

ではまた質問を変えます。まだ1年ですが、外国人に焼肉は受け入れてもらえそうですか。焼肉というスタイルは、和牛を食べるにはもっとも適していると思っています。部位の違いやカットの工夫による味の違いを味わうには焼肉はもってこいです。テーブルの上で自分で焼き加減に仕上げるという楽しみもあります。そのあたりの外国人の反応はどうでしょう。

石田氏:

まずウチの店の外国人客は大きく2種類に分けられます。中華系のシンガポール人と、白人です。後者の白人には、コーススタイルで少しずつ肉を出し、説明しながら焼いていあげるという当店のスタイルは好評ですね。恐らく彼らにとって、こういう肉の楽しみ方は初体験なんだと思います。部位の違いによる味の違いとか、味付けの変化などは非常に受けが良い。ただし自分で焼くという部分は受け入れられるのに時間が必要かもしれませんね。それとは逆に、中華系の方は自分で焼くという行為に全く抵抗が無いですね。もともとコリアンBBQが普及していたせいもあると思います。ただし少しずつコース形式で出すというスタイルは受けが悪い。先付、刺身を出したあたりで「早く全部持ってきて」と言われます(笑)。推察するに、彼らにとって一番のご馳走は中華料理で、テーブルの上に料理がずらりと並ぶのが嬉しいんだと思います。特にホストの方は、見栄を張りたいというか、ご馳走をずらりと並べないとお招きした人の手前居心地が悪いんでしょうね。

所長:

じゃあ他のアジアの国でも、中華系のお金持ちを狙う場合は同じ傾向があるかもしれませんね。

石田氏:

確かにそうかもしれません。あと南国なので、もともと生食文化がないということも背景にあるかもしれません。東南アジアの人はサラダもあまり食べませんし、肉も良く焼く傾向はあります。ただ寿司がこれだけ受け入れられたのだから、焼肉にもチャンスは充分あると思っています。

所長:

外国人の好みや志向に合わせて、メニューに変化を付ける予定はないのですか。

石田氏:

和牛を食べるには適したスタイルだと自負しているので、このままでどこまで粘れるか頑張ってみようと思っています。ただ東南アジアの国だと屋台とかに行ってもテーブルの上にたくさん調味料が乗っていて、自分好みの味付けにしていくじゃないですか。ウチの店でも例えばタン塩を焼いてあげるといきなりチリソースをくれとお願いされて、自分も最初は意地になってこれは塩味なのでこのまま食べてくださいとお願いし返したこともありますが、最近はある程度フレキシブルに対応するようにしています。希望があれば醤油とか一味とかワサビなどを出してあげるように変えましたね。というのもよく考えれば自分好みに仕上げるという志向は焼肉と親和性が高いと思うので、例えばコースではなくセットメニューにして一気に肉を出してあげて、あとは焼き加減や調味料などで自分で仕上げてもらうというスタイルもありかもしれませんね。

日本人は料理人を信じているというか敬意を持っていて、まずは提供された味を楽しまないと失礼ではという気持ちがあると思うんですが、中華系の方にはそういう感覚はないようですね。サラダを刺身醤油に付けて食べたりしますからね。

所長:

ではアジア系には焼肉が受け入れられる素地は大いにありそうですね。

石田氏:

面白いのはコチラの人はコリアンBBQとジャパニーズBBQを明確に区別しています。日本人の方でもこの辺が曖昧な人は多いじゃないですか。こちらの人にとってコリアンBBQは安くて、24時間営業もあって、5000円位払えばおなか一杯になれるものという位置づけ。ジャパニーズBBQは上質な肉を使っていて美味しいけど高い、1万円前後かかるものという位置づけですね。ただいずれにせよ自分で焼くというスタイルは充分受け入れられているので、自分としてはもう一段上の世界があるよ、和牛の楽しみ方にはこんな方法があるんだよということを伝えていきたいですね。

所長:

シンガポール人は外食が多いと聞いたことがありますが、1万円前後かかるジャパニーズBBQはシンガポール人には高くないんですか。外食にはそれくらいお金を使うのが当たり前なんですか。

石田氏:

さすがに1万円はシンガポール人にも高額です。普段の外食はホーカー(屋台街)で500円位で済ませ、いざという時には1万円払って美味しいものを食べるという感じですね。こちらに来て気づいたことの一つですが、日本のように3000円~5000円位の価格帯の店が極端に少ない。日本はその辺の価格帯の店の層が厚いですよね。こちらは家賃も人件費も高いので、なかなかその辺の価格帯で美味しいものを提供するのは難しい。和牛に拘らなければ可能かもしれませんので、焼肉でもそれくらいの価格帯を狙うのもありかもしれませんね。

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所長:

和牛の話がでたので聞きたいのですが、そちらの和牛事情を教えてください。

石田氏:

まずシンガポールでは農産物の約90%は輸入です。畜産物も例外ではなく、牛肉はブラジルやオーストラリア、ニュージーランドからの輸入が多いと思います。和牛の人気はとても高いのですが、日本の和牛ではなくオーストラリアの「WAGYU」が圧倒的な存在感を持っています。ほとんどの人は日本の「和牛」とオーストラリアの「WAGYU」の区別がついていないでしょうね。ただし食通の方は別で、とても詳しい方もいますよ。産地とか部位について質問されることも結構ありますし。なかでも神戸ビーフの知名度が高いですね。日本のような肉質のランク表示はありませんが霜降り肉はこちらでも人気で、「Melt in your mouth」と表現されています。よく霜降りの味は日本人以外には受け入れられないのではと言われますが、そんなことはないですね。

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所長:

ホルモン系はどうですか。

石田氏:

ホルモンはオーストラリアからの輸入が多いと思います。最近日本からの輸入も解禁されましたが、日本側の輸出体制のせいか事実上は輸入されていません。まぁ日本国内でのホルモン需要が相当高まっているみたいですから、わざわざ輸出にまわす必要が無いという事情もあるのでしょう。また仮にこちらに輸入するにしても、検査やら何やらで屠畜してから1週間以上かかるので、赤モノは無理でしょうね。オーストラリア産のホルモンも試してみたのですが、まず下処理がひどくて解凍してみたらウンチだらけでした(笑)。脂の質も良くないですし臭いもキツイ。残念ながら自信を持ってお客様にお出しできる品質のホルモンではありませんでした。いずれにせよホルモンが使えないので、メニューの幅が出しづらいのは悩みの一つです。

所長:

それではまた話題を変えさせてください。

海外にいる石田さんの目には、最近の日本の焼肉事情はどう映っていますか。

石田氏:

この一年は日本であまり焼肉を食べていないので最近の焼肉事情をどこまで語れるかわかりませんが、ここ数年で日本の焼肉はかなり多様化しましたよね。赤身、熟成、生肉など肉に関わる部分もそうですし、割烹スタイル、立ち食いスタイルなど提供方法に関わる部分でもそうです。一枚ずついろんな部位を提供するスタイルは和牛の食べ方としては適していると思うので、お寿司屋さんみたいなお店が出てくるだろうということは以前から想定していました。熟成はこちらでもステーキ店中心ですがブームみたいです。焼肉に熟成が必要かどうかはそれぞれのお店の考え方でしょうが、ウチの店では今のところ扱う予定はないですね。

所長:

仰る通り日本では焼肉店が多様化しています。価格も多様で、安い食べ放題から高級店まで百花繚乱です。日本の安い食べ放題のお店などは資本力もあるでしょうし、もっと海外進出しないのですかね。

石田氏:

シンガポールに限れば、先ほど述べた通り不動産も人件費も高いので、安い価格では採算が合わないというのが大きいと思います。牛角さんもこちらでは高級店ですが、おそらく最初は高級店にしようとは思っていなかったんじゃないでしょうか。やってみたら原価や人件費、賃料が思ったよりも掛かるので、高級店にならざるを得なかった。そのせいか、既存の牛角は「牛角プレミアム」という名前に変えて、安い価格帯のディフージョンブランドを出されました。それからよく和牛の海外進出が話題になりますが、肉の取り扱い方と切り分ける技術などもセットで輸出しないとこれ以上の普及は難しいかもしれません。結局人気なのはサーロインとヒレとリブロースくらいじゃないですか。美味しい部位は他にもたくさんあるのに、それを提供する技術が追い付いていないと感じます。そういうことも含めて海外で広めていきたいですね。日本の焼肉事情に話を戻すと、細分化競争や価格競争が激化していますが、日本国内で戦うだけではなくて、どんどん海外に進出すればいいのにと思います。こちらに来て実感しますが、日本の焼肉屋さんのレベルはすごいですよ。もちろんそれを支える流通システムがしっかりしているという大前提もあるのでしょうが。

所長:

海外進出について思うのは、焼肉って美味しいという評価軸の他に楽しいという評価軸もあるじゃないですか。そこが焼肉の魅力だと思うのですが、楽しさの部分も含めてもっと海外進出できないですかね。

石田氏:

確かに日本の焼肉は楽しいですよね。狭くて汚いのに驚くほど旨い肉を出すお店とか、肉は冷凍で質は低いのにタレとのマリアージュで唯一無二の味に変えてしまうお店とか。安くてうまいけど主人が怖いなんていうのも楽しみの一つですし(笑)。そういう部分もひっくるめて海外に浸透させるにはある程度の歴史が必要だと思いますが、タレには可能性が充分あるでしょうね。やはり日本と違って肉質が安定しないんですよ。そこはもう仕方がない。だとすれば肉質は我慢してタレで勝負するのは正しいと思います。東南アジア系の人は甘くて辛いものが大好きですしね。玄風館さんがバンコクで成功されているのを見ても、タレには勝ち目がありそうです。

所長:

では最後に、食べる側から提供する側に立場が変わったわけですが、焼肉に対する心境の変化はありましたか。

石田氏:

前にもまして焼肉が好きになりましたね。お店をやってみて改めて思いますが、日本の焼肉店ってすごいです。毎日同じクオリティで食べ物を提供し続けることがどれほど大変か。肉質も毎回違うし、同じ部位でも場所が違えば味も食感も違うし、お客さんの好みや体調だって違う中で、毎日一定のクオリティを保ち続けるのがこれほど難しいというのは想像を超えましたね。食べる側だった頃には感じられないくらい、日本の焼肉のレベルの高さをつくづく感じます。

あと焼肉ってお客さんの反応がダイレクトで、テーブルのあちらこちらから歓声が上がります。目の前で焼いてあげるというスタイルのせいかもしれませんが、こんなに反応が直接的なんだということはやってみて気づきました。提供する側としてはとても幸せな瞬間ですね。

多分人生の中で一番焼肉を食べていない一年だったと思いますが、焼肉を食べられないことがこんなに辛いとは思いませんでした。やはり焼肉が大好きなんですね。

所長:

ありがとうございました。

※インタビュー後記

「覚悟」

インタビューを終えての感想だ。石田氏と筆者は幾度となく網を囲み、大阪遠征も一緒に行ったことがある旧知の仲であるが、インタビューの間中、石田氏の焼肉に賭ける並々ならぬ覚悟が言葉の端々から感じられた。あのYAKINIQUESTが「焼肉を世界のコトバに」という壮大な志を掲げてシンガポールに進出したというニュースは、日本の焼肉ファンや関係者の間で瞬く間に広まり、今でも注目の的であろう。そんなプレッシャーの中で、しかも慣れない海外で、日々悪戦苦闘を続けていることは想像に難くないが、それでも焼肉を信じ、愛し、挑戦し続けている石田氏の姿に感銘を受けた。

いつか焼肉が世界のコトバになる日まで、彼らの挑戦はまだまだ続く。

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