COLUMN「YAKINIQUESTの行方」
2015年12月29日更新の記事にて、YAKINIQUESTがオープンしたシンガポールの焼肉店「BEEF YAKINIKU DINING YAKINIQUEST」のオーナー石田氏のインタービューを紹介させていただいたが、今回はその続編として、日本在住のYAKINIQUESTメンバー3名のインタビューを紹介させていただく。
ご存知だと思うが、サイト「yakiniquest.com」は「BEEF YAKINIKU DINING YAKINIQUEST」開店と同時に、焼肉店レポートの追加・更新を停止した。食べる側から提供する側に立場を変えた彼らのケジメだ。では、『YAKINIKUを世界の言葉に』という志の具現化の一つがシンガポールでの挑戦だとすれば、サイト「yakiniquest.com」はその志に向かってどのような変化を遂げていくのか。1月某日S/N、YL、QDの3名にお話を伺った。
1.サイト「yakiniquest.com」開設秘話
所長:
2004年にローンチしたサイト「yakiniquest.com」(以下サイトについてはYQと表記)ですが、そこまでの経緯はYQのヒストリーコーナーで紹介されていますが、もう少し詳しく教えてください。
YL:
1997年に同じ会社に勤めていたgypsyこと石田と出会ったのをきっかけに、他の会社仲間を加えて「焼肉振興会」という内輪の集まりを立ち上げたのがスタートです。1998年の8月29日からは毎月29日を「MEATINGの日」と決めて、以降今に至るまで29日はメンバーで集まって焼肉を食べています。その頃は石田と自分以外のメンバーは結構出入りがあって、徐々にドロップアウトしていく人が増えました。さすがに二人では寂しいので、誰かメンバーを加えようということで、二人の共通の知人であるQDとS/N、そして会社の同僚だったfrancoiseに声をかけて今のメンバーが揃いました。
所長:
QDさんも、S/Nさんも、もともと焼肉を食べ歩いていらっしゃったのですか。
QD:
当時は焼肉ではなく、ラーメンを食べ歩いていました(笑)。
S/N:
私も特に焼肉を食べ歩いていたわけではありません。
YL:
二人とは古い付き合いで、石田や自分と同じくらいのこだわりや情熱がある奴はいないかと考えて、白羽の矢を立てたわけです。
所長:
では2000年には現在のメンバーが揃い、毎月の「MEATING」も欠かさずに活動されてきたわけですが、2004年のYQローンチまではかなりの時間があります。その間は「MEATING」以外には何か活動していなかったのですか?
QD:
実は「焼肉振興会」時代にもサイトを立ち上げていました。どちらかというと内輪向けの日記のようなものでしたが、当時からデジカメを持って肉の写真を撮っていましたので、その頃のストックが後のYQローンチに役立ちました。
S/N:
デジカメにフロッピーディスクを入れて記録していた時代からのストックだよね。
YL:
その後2004年頃からブログブームが起こり、「焼肉振興会」のサイトも全然更新していなかったし、ちゃんとしたサイトを作りたいねという話になって。
QD:
それまで石田がメインとなって溜めてきたお店の情報や写真のストックもあるし、自分がたまたまサイト構築のノウハウを持っていたこともあり、それなら各自でサイトを更新できるようなソフトウェアを入れてしっかりしたサイトを作らないかと皆に提案して、YQ立ち上げに向けて活動がスタートしました。
2.YQのクオリティコントロール
所長:
YQ立ち上げのお話に続けてお聞きしたいのですが、当時のブログブームの中で、YQは文章はもちろんですが、ネーミング、サイトデザインなどセンスの良さという点においても光っていたと思います。どのようなことに留意しながらサイトを構築してきたのでしょうか。
YL:
その当時「焼肉」と言えば炎のマークで、七輪の上で肉がジュウジュウ焼けている、みたいなイメージばかりだったので、自分たちはそことは一線を画そうとしました。
S/N:
まだまだ「焼肉」という料理自体が今ほどメインストリームの食べ物ではなく、焼肉好き=太っているみたいな偏ったイメージがあったので、自分たちはデブではない、ということを伝えるためにもメンバーの姿をシルエットで表現しました(笑)。
QD:
トップページのデザインやロゴマークについてはプロのデザイナーに作ってもらいましたが、それ以外は自分を中心にメンバー自身で作ってきました。細かい部分で言えば、文字の色は黒にして、ハイパーリンク部分は青にするなど、ネット制作のお作法的な部分にも結構留意していましたね。
所長:
やはり「YAKINIQUEST」というネーミングが秀逸でしたが、この名前はどうやって決まったのでしょうか。
S/N:
2004年の夏に新しいサイトを立ち上げようということになってから12月のYQ公開まで、メンバーでブレストを繰り返してきました。でもネーミングはギリギリまで決まりませんでしたね。
QD:
なかなか全員が「これだ!」というネーミングが生まれず…。
YL:
最後は確か下北沢の焼肉店で、誰かから化粧品ブランドの「CLINIQUE」をモチーフにして「YAKINIQUE」という提案があって、QUEにSTを加えたら「YAKINIQUEST」になるということに気づき、焼肉を探究するという自分たちの活動にもピッタリのネーミングだったので、その場で満場一致で決まりました。
所長:
それからYQの特長の一つが、肉のアップの写真だったと思います。先ほどずいぶん早くからデジカメで写真を撮っていたというお話もありましたが、あの写真はインパクトがありました。
S/N:
自分のまわりでも、「この肉の写真は何だ!」というセンセーショナルな反応が結構ありましたね。あの写真を見るとお腹が空くと良く言われました(笑)。
QD:
よく石田が火傷しそうになりながら肉のアップを撮っていました。YQ開設時にはすでに50〜60店くらいの記事と写真を掲載していましたよ。
3.エピソード
所長:
では質問をYQローンチ後に変えます。YQがスタートしてから10年以上経ちますが、思い出に残っているエピソードなどがあればお聞かせください。確か2005年に日本ブログ大賞というアワードで、グルメ部門の大賞を受賞されていましたよね。
QD:
そうですね。ちょうどその頃ブログが盛り上がってきたので、受賞がYQが注目されるキッカケの一つにはなったと思います。私はサイト構築の責任者として、自分の中では1日10万PVという目標を持っていて、IT企業をトップの方々などにメールを送ってYQをPRしたりしていました。あるIT企業のトップの方がご自身のブログの中でYQを紹介してくれたことをきっかけに、あのホリエモンさんがご自身のブログで取り上げてくれて事件が起きました。サイトアクセスが集中してサーバがダウン、サーバ管理会社からどうにかしてくれと連絡が入り、その対応に追われることとなりました。
S/N:
それがキッカケで「トーキョー焼肉エクスプローラー」という書籍をライブドアパブリッシングから上梓するに至りました。
YL:
アクセス数で言えば、当時は月間100万PVを超えていた月も結構あったよね。
所長:
その当時は様々な個人ブログなど食レポ系のCGM(消費者生成メディア)が立ち上がった時期だったと思いますが、意識していた他のサイトはあったのですか。
QD:
特にベンチマークにしていたサイトはありませんが、食べログさんが出てきたときは面白いサービスだなとは思いました。
S/N:
「レストランを極める人々」という食べログさんの企画に、記事を寄稿したこともありましたね。
所長:
それから私もその一人でしたが、YQのプリントアウトを持ったお客さんを焼肉店で見かけることが結構ありました。それも女性だけのグループなど、それまで焼肉店ではあまり見かけない客層の方々が多かったと記憶しています。
S/N:
YQだけの影響では決してないと思いますが、確かに2005年頃から焼肉店に行く客層のバリエーションが増えた気はしますね。「MEATING」の日に、隣のテーブルでYQのプリントアウトを持ったグループと遭遇して、妙な緊張感が走ったこともありました。
YL:
昔だと焼肉は最初のデートでは誘えない料理のカテゴリーでしたが、そんなイメージが変わりだした時期とたまたま同時代的にYQは活動してきたんですね。
4.「焼肉」の変遷
所長:
じゃあちょうど話題が「焼肉」のイメージの移り変わりになったので質問を繋げます。ここ10年位の「焼肉」を振り返ると、マーケティングを意識した焼肉店が増えたという印象があります。その良し悪しについては意見が分かれるかもしれませんが、焼肉の楽しみ方の幅は増えてきたかなと思います。みなさんはここ10年位の「焼肉」の変遷についてどのような印象をお持ちでしょうか。
YL:
確かにこれだけネットで情報が氾濫する時代になり、ネットでの評判を意識したお店が増えてきた印象はあります。でもそれはビジネスという視点でみれば当たり前で、別に「焼肉」に限った話ではないですよね。
QD:
これはネットの功罪というか、メディア問題かもしれませんが、最初からネットでシェアされることを目的にした接客のスタイルとかメニュー構成など、新しい飲食店の形態が出現しています。でもこれは裏返しで、「ネタ消費」というコトバもあるように、生活者側のそのような消費行動に、提供する側も合わせているだけとも言えます。
所長:
ここ10年位の「焼肉」を振り返ると、個人的には希少部位ブームが印象的です。今では細かい部位の食べ分けが一般化しています。
YL:
東京だと確かにそのような印象があるかもしれませんね。ただ関西や九州では昔からいろんな正肉の部位や内臓の種類を食べ分けてきた文化があるので、そのような西の文化が、ネットの影響もあって東にも広がってきたのではないでしょうか。和牛の楽しみ方としても、様々な部位を少しずつ食べ分ける「焼肉」は適していますしね。
S/N:
個人的には日本の出汁文化と焼肉を掛け合わせたお店が出てきたのには驚きました。まだまだ「焼肉」の可能性は拡げられると気づかされました。
QD:
和食やイタリアンなど他の料理文化と焼肉の掛け算も増えましたよね。拡がりの可能性で言えば、中華料理との掛け算が出てきたら面白いかもと思っています。
YL:
一方でこれは自戒も含めてですが、食べる側の更なる進化も今後は期待したいですよね。お店に食べ手が育ててもらう側面がある一方で、食べ手がお店を育てるという側面もあると思います。特に「焼肉」は調理の最終工程が食べ手に委ねられるのが基本で、そこが「焼肉」の最大の魅力でもあると思っています。故にその時代の流行りや、画一的な情報に過度に影響されることなく、自分が美味しいと思える、自分好みの「焼肉」を追求する人がもっと増えてくれると嬉しいですね。
5.YAKINIQUESTの行方
所長:
では最後の質問です。YQは2014年12月の「BEEF YAKINIKU DINING YAKINIQUEST」開店と同時に、焼肉店レポートの追加・更新を停止されています。『YAKINIKUを世界の言葉に』という志の具現化の一つがシンガポールでの挑戦だとすれば、サイト「yakinikuest.com」はその志に向かってどのような変化を遂げていくのでしょうか。
YL:
まずはシンガポールのお店を成功させたいというのが石田も含めたメンバー全員の目標です。そのために自分たち日本在住メンバーがサイト「yakinikuest.com」を通じてどんな貢献が出来るかは日々思案しています。
なのでYQをこれからどうするかについては、個人個人ではアイデアを持っているかもしれませんが、今の時点で具体的なイメージをメンバーで共有できていません。
所長:
ここ数年外国人旅行者の日本訪問が急増しています。いわゆる「インバウンド」ですが、ここ最近焼肉店で外国人グループを見かけることも増えてきました。『YAKINIKUを世界の言葉に』という志の具現化の一つとして、日本に来る外国人向けに何か情報発信することなどは考えていないのですか。
S/N:
今あるコンテンツを英語翻訳するというのは手っ取り早い対応かもしれませんが、今すぐそれに着手するかどうかは決めていません。ただ今のネット社会を鑑みれば、YQをオープンソースとして公開しておいて、必要に応じて英語に限らず中国語や韓国語などにボランタリーで翻訳してくれる外国人の方が現れるという方が、正しい流れなのかもしれませんね。
QD:
ただ訪日外国人向けに焼肉店の紹介をしても、それが「焼肉」という文化を世界に広めることに資するかは疑問です。そもそもお店側がそれを望んでいるかどうかもわかりませんしね。
所長:
本日のインタビューを通じて改めて感じたのですが、『YAKINIKUを世界の言葉に』という壮大な目標はあるものの、一方で「焼肉」の楽しみ方を探求するというシンプルな想いでみなさんは繋がりを保ち、コミュニティを育ててこられました。みなさんが今後どんな「焼肉」の楽しみを見つけて、YQで発信されるのか。首を長くしてお待ちしています。
YL:
繰り返しになりますがYQをどのように変化させていくかについてはまだまだ決まっていません。ただ自分たちは「焼肉」の美味しさに加えて、「焼肉」の持つワクワク感というか楽しさも含めて「焼肉」の魅力だと捉えています。先ほども述べましたが「焼肉」は調理の最終工程が食べ手に委ねられる料理です。だからこそ、お店とお客さんの距離がとても近い料理で、それがお店の魅力を形作っていると思います。そんな魅力的なお店が東京や大阪に限らず、全国各地にあるはずです。そんなお店はその地域の財産とういうか、地域になくてはならないお店だと思います。今後はそんなお店が存在できる地域全体の歴史的、文化的な背景を探りながら、「焼肉」ならではの文化を発信できたら良いですね。
S/N:
独特の「焼肉」文化が存在する地域を、40代のおっさん三人が食べ歩く、旅番組的なゆったりとしたコンテンツが良いかもしれませんね。
QD:
個人的には従来のCGM的なアプローチと、飛行機の機内誌の特集記事の中間くらいに答えがあるのかなと、なんとなく考えています。
所長:
ありがとうございました。
※インタビュー後記
YAKINIQUESTと言えば、焼肉好きでは知らぬ者がいない有名サイトだろう。しかしそんなサイトを運営するメンバーの方々は、拍子抜けするほど気負いがなく、みなさんの「焼肉」に対する真摯で謙虚な姿勢が印象的だった。「焼肉を楽しむ」というシンプルで強い想いが、10年以上も続くコミュニティの原動力になっていることが、インタビュー全体から感じられた。こんな素敵なコミュニティが生み出されるのも、「焼肉」の魅力の一つであろう。
焼肉バンザイ!