COLUM 不定期連載「肉汁は閉じ込められるのか②」
「肉の表面を焼き固める」とは?
「肉の表面を焼き固める」と言うが、焼き固まるとはどんな状態で、その状態には何度で到達するのだろう。
牛肉を加熱すると表面がこげ茶色に変化する。これを褐変化と呼ぶ。この褐変化には大きく2種類がある。
・カラメル化反応
糖類が加熱されることによって褐色化物質を生み出す反応。アミノカルボニル反応と違い、糖類のみが褐変化する現象。
・アミノカルボニル反応(メイラード反応)
糖類がアミノ酸やタンパク質と一緒に反応して褐色化物質を生み出す現象。
この2種類の反応、特にアミノカルボニル反応は味や香りに大きく影響するため様々な料理科学系の書籍でも紹介されている。牛肉と砂糖や醤油から作られたタレによって生み出される焼肉の香ばしい風味は、アミノカルボニル反応の代表例だ。
肉の表面にしっかり焼き色が付くことを「肉の表面を焼き固める」と表現していると解釈して間違いないと思われるが、では焼き色は肉の表面を何度に熱すると付くのだろうか。すなわち、加熱による牛肉の褐変化は何度で起こるか。今回はこれを実験してみた。
今回もおなじみの「日山」でヒレ肉を200g購入。
ちなみに個体識別番号は「0840680745」。秋田県生まれ、岩手県育ちのメス牛だ。
このヒレ肉を三分割し、それぞれをIHホットプレートで焼き温度を変えながら反応を観察した。ちなみに今回は純粋な肉の反応を見たかったので、脂をひいたり、塩コショウなどで下味をつけることはしなかった。
①焼き温度90℃
30秒経過
3分経過
5分経過
10分経過
20分経過
かすかに肉の焼ける音が聞こえるが、20分経過しても肉の表面が褐変化していない。加熱によって表面のタンパク質の保水性が失われ肉汁が染み出てくる。この肉汁に含まれる糖類とアミノ酸やタンパク質が褐変化するのがアミノカルボニル反応だが、90℃では反応が起こらないようだ。
②焼き温度140℃
30秒経過
1分経過
2分経過
3分経過
30秒経過くらいから “ジュッ”という焼ける音が聞こえ、1分経過で焼き色が付き始め、その後時間経過とともにゆっくり焼き色が付いていった。残念ながら我が家のホットプレートでは90℃と140℃の間の温度設定が出来ないため100℃や120℃といった温度では確認できないが、ピーター・バラム著「料理のわざを科学する」によると、アミノカルボニル反応は140℃以上で進むとあるため、おそらく140℃が肉の焼き色が付く境目なのだろうと推察する。私が好きな焼き色の付き方はこの温度だ。
③焼き温度200℃
30秒経過
1分経過
1分30秒経過
2分経過
この温度では肉を置いた瞬間から“ジュッ”という焼ける音が聞こえ、すぐに肉汁が肉と鉄板の間から溢れ、沸騰していく。1分30秒もするとすっかり美味しそうな焼き色が付き、2分も経つとそろそろ焦げの状態に近くなった。個人的にはこの位の厚さの、しかもヒレ肉で、芯温が上がる前にここまで表面に焼き色を付けてしまうのは好みではない。
恐らく140~150℃くらいが肉の表面に焼き色が付く境目だと思われる。ゆっくり低温で焼いて、最後に焼き色を付けるのか、最初に高温で焼き色を付け、あとから内部に熱を入れていくか。牛肉の部位によって、あるいは自分の焼き方のイメージによっていろいろ試してみると面白いと思う。因みに柴田書店「プロのための牛肉&豚肉料理百科-部位別使い分け・肉の知識」によると、北島亭の北島シェフは前者がお好みのようだ。
それから3つの肉とも実験後は芯温55℃を目安に焼き上げ、重量変化を計測してみたが特に有意差は見られなかった。焼き上げた肉を食べるのに忙しく、重量変化の写真を取り損ねたため、表面の焼き色と重量変化に関する実験は後日改めて行う予定だ。
また肉汁を損失するか否かは、表面の焼き方よりも芯温の影響が高いと思われるため、芯温の違いによる重量変化について、次回実験したいと思う。
それにしても、普通に肉を焼いて食べたい。
(文責:所長)
参考:ピーター・バラム著「料理のわざを科学する-キッチンは実験室」丸善